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2008年8月30日 (土)

大人の英語学習~失敗の原因

大人で英語の勉強に挑戦したものの、挫折する人が多いですね。その根本原因は何でしょうか?それは、学生時代に比べて頭がよくなっていない、もしくは退化しているためです。

中学・高校時代に英語が苦手で全然できなかった人が、高校を卒業して10年後に、英語を勉強し始めたとします。もし、この人の脳の性能が中学・高校時代と全く変わらないとしたら、中学・高校時代につまづいたところで今回もつまづきますから、途中で挫折する可能性が高いといえます。

一方、高校卒業後の10年間で、脳の性能が向上した人の場合は、「昔わからなかったことが今ならわかる」ようになっていますので、英語の再学習に成功する可能性が高いでしょう。

英語に限らず、勉強はすべて「脳」の問題なのです。学生時代にできなかったことが今はできるというのは、脳の性能が向上したおかげなのです。

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2008年8月29日 (金)

勉強の目的

夏休みも終わり、世の親御さんの中にはお子さんの夏休みの宿題を手伝った方も多いでしょう。ところで、お子さんから「なんで勉強しなければならないの?」と聞かれたら、どう答えますか?

私の答えは簡単です。「脳の性能を良くするためだよ」と答えればいいのです。

人生には様々な難題があります。これに対処するには、性能の優れた脳を持っていなければなりません。悪い脳でいくら考えても、ろくな解決策は出てきません。「下手な考え休むに似たり」とは、まさにこのことです。15年前のパソコンと今のパソコンを比べると、今のパソコンの方がより多くのことに対処できますね。脳も同じです。

では、脳の性能をよくするには、どんな勉強をすればよいのでしょうか?その中心は、「言語能力」「数学」「単純暗記」の3つです。

言語能力を高めるには、優れた文章を繰り返し読む、よくわかる文章を書く練習をする、外国語の勉強をするのが大切です。「古文や漢文をやっても、使う必要がないのだから無駄じゃありませんか?」という質問をする者がいますが、これは愚かな質問といえます。古文・漢文は、一種の外国語であり、外国語を日本語に訳すのは、言語力を鍛えるトレーニングになりますから、古文・漢文の学習を通じて言語能力が向上し、ひいては脳の性能が向上するのです。(教師が黒板に書いた現代語訳をただ写すなどといった作業は、全く役に立ちませんが)

次に数学ですが、数学ほど論理的思考力を高めてくれるものはありませんから、小学生のうちから頭をたくさん使う良問をたくさん解くべきです。日本では、数学ができる=理系、数学ができない=文系 という不毛な二分法がいまだにあるようですが、数学は万人に等しく重要なものです。私は、学校教育における「社会科」を全廃し、空いた時間を数学にあてることを提案しています。その理由は、社会科をやっても頭がよくなりませんが、数学をやれば頭が確実によくなるからです。

脳の性能をよくする勉強の3つ目は、単純暗記です。あれこれ屁理屈を言わずにひたすら覚えるのは、なかなか苦しいものですが、このように脳に適度な負荷をかけることで頭がよくなります。中年のオッサン、オバハンが、「最近は物忘れがひどくて」とぼやくのを耳にすることがあるでしょうが、彼らはおそらく学校を出てからというもの、暗記トレーニングを一切やっていないのだと思われます。トレーニングしなければ力が衰えるのは自明の理であります。年齢に関わりなく、暗記勉強を継続すべきです。

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2008年8月17日 (日)

<大学受験>英語学習者へのアドバイス

[1] 英語学習の目標

①どのような英文でも、辞書を少し使いさえすれば、自分の力だけで意味を100%理解できるようになること。
②基本的な英文を活用して、自分の考えを正確に伝える英文が書けるようになること。

[2] 自らに挫折を許すな

人が語学を習得できないのは、途中で学習をやめるからである。やる気が続かない人は、どうすれば学習を継続できるのかを工夫しなければならない。一番いい方法は、スタートダッシュをかけ、それを1年間、1回の例外も認めずに持続することだ。一度でも自分に甘えてしまうと、二度三度とそれを繰り返してしまうのが人間の弱さだ。

[3] 「作業時間」を減らし、「頭を使う時間」を増やす

勉強を始める前にあれこれ探し物をしたり、コピーすればいいものを書き写したり、やたら細かく切り貼りをしたり...こういった作業は、脳の性能をUPさせるのに役立たない無駄な時間である。「頭を使って考える」時間を1分でも多くとるように心がけよう。

[4] 「自分で学ぶこと」で力がつく

外国語ができる人に共通する点は、自学の精神である。彼らは、教師にあれこれ教えてもらったおかげで語学を身につけたのではない。(教師の力を借りながらも)自分で考え、自分で暗記をし、自分で練習をしたから外国語を身につけることができたのである。「教師」に依存してはいけない。教師とは、便利な「道具」の一つに過ぎない。教師を上手に利用しよう。

[5] 「計画」なきところに「達成」なし!

「いつまでに何をやる」という計画を立てずに仕事をしても単なる時間つぶしである。意味のある仕事をするには、具体的な計画を立てることが不可欠である。「達成感」は、計画を実行してはじめて味わえるものだ。各週に何をやるか、教材の章やページの数を書いた計画表を作ろう。

[6] 外国語を学ぶときに大切な態度

①わがままを一切言わず、文法や単語を全てそのまま受け入れることが大切である。読解では、自分の意見など一切考えず、筆者の考えを理解することに全力を尽くすことが大切である。

② 我々は「評論家」ではなく、「実務家」「実践家」にならなければいけない。

[7] どうすれば英文が読めるようになるのか

① まず、簡単な例文をきちんと理解し、例文ごと覚える。

② 複雑な英文が出てきたときには、①で覚えた例文の中から、同じパターンのものを思い出し、同じように理解していく。

[8] 復習のやり方 

① 本文を通して読み、「スラスラと意味が頭に浮かぶか」をチェックする。

② スラスラと意味が浮かばなかった箇所は、授業プリントやテキスト解説を再読し、ノートないしはカードに抜書きしてまとめる。

③ 上記②が終わったら、それらを繰り返し暗記する。

[9] 単語の覚え方

① 読解プリントを「単語暗記プリント」に改造する。

② 単語集で単語を覚えるのもよいが、英文読解のテキストに出てきた単語を全て覚えていくことはさらに重要である。

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2008年8月 7日 (木)

「赤と黒」の誤訳をめぐって(6)

本屋で、新潮文庫の100冊のブックレットをもらい、見てみました。私が学生の頃に比べると、古典・海外作品が減り、現代文学がとても多くなっているのに驚きました。スタンダール「赤と黒」は1989年を最後に、100冊に入っていないようです。古典に代わって、唯川恵・重松清・湯本香樹実・石田衣良など、今の日本の作家がたくさん入っていますが、こんなの読む価値があるんでしょうか?学校が教師にメシを食わせるための場であるように、文学は今生きている作家に収入を与えるための手段になってしまったようです。

それはさておき、今日も下川教授が指摘された箇所の一つを紹介します。今晩必ずレーナル夫人の手を握ると決心したジュリヤンが、十時の鐘の音が鳴ると同時に計画を遂行しようとする場面です。(第1部第9章)

文章は、上から順に、①原文 ②PENGUIN CLASSICSシリーズの英訳 “The Red and the Black” ③新潮文庫「赤と黒(上)」(小林正 訳)④光文社古典新訳文庫「赤と黒(上)」(野崎歓 訳)<第2刷 2008.2.8 発行> ⑤光文社古典新訳文庫「赤と黒(上)」(野崎歓 訳)<第3刷2008.3.15 発行> です。

Après un dernier moment d’attente et d’anxiété, pendant lequel l’excès de l’émotion mettait Julien comme hors de lui, dix heures sonnèrent à l’horloge qui était au-dessus de sa tête.  Chaque coup de cette cloche fatale retentissait dans sa poitrine, et y causait comme un mouvement physique.

Enfin, comme le dernier coup de dix heures retentissait encore, il étendit la main, et prit celle de madame de Rênal, qui la retira aussitôt. (以下略)

After a final period of tension and worrry, during which Julien became almost beside himself with his excess of feeling, ten struck on the clock above his head.  Each stroke of this fatal clock echoed in his breast, and produced there an almost physical reaction.

At last, as the final stroke of ten was still reverberating, he extended his hand and took that of Mme de Rênal who withdrew it immediately. (以下略)

ぎりぎりの期待と不安のひとときが過ぎる。その間、ジュリヤンは興奮のあまり我を忘れてしまった。いよいよ真上の大時計が十時を打ち始めた。運命を決する鐘の音が、鳴るたびに、彼の胸に響きわたり、いわばつきさすような衝動を起こした。

ついに、最後の鐘が十時を打ち終わろうとする前に、ジュリヤンはつと手を伸ばして、レーナル夫人の手を握った。夫人はすぐに手をひっこめた。(以下略)

不安な気持ちで機会をうかがいながら、ジュリヤンが心の昂ぶりをおさえかねていたとき、頭上の大時計が十時を告げ始めた。運命の鐘の音がひとつひとつ胸に鳴り響き、体を突き動かした。彼は手を伸ばし、彼は手を伸ばし、レナール夫人の手を取ったが、夫人はすぐ手を引っこめた。ジュリヤンは自分が何をしているのかわからないまま、もう一度手をつかんだ。(以下略)

不安な気持ちで機会をうかがいながら、ジュリヤンが心の昂ぶりをおさえかねていたとき、頭上の大時計が十時を告げ始めた。運命の鐘の音がひとつひとつ胸に鳴り響き、体を突き動かした。

とうとう、十時の最後の鐘がまだ鳴り響いているうちに、彼は手を伸ばし、レナール夫人の手を取ったが、夫人はすぐ手を引っこめた。ジュリヤンは自分が何をしているのかわからないまま、もう一度手をつかんだ。(以下略)

④<第2刷>の訳は、原文のEnfin, comme le dernier coup de dix heures retentissait encoreを無視してそのまま後につなげた訳になっています。この「訳し忘れ」によって原文の素晴らしさが大きく損なわれてしまいました。10時の時計の鐘は10回鳴ります。そのいよいよ最後、10回目の鐘の音が終わるときになってジュリヤンはようやく夫人の手を握ることができたという緊迫感が失われてしまったのです。これでは、スタンダール先生に申し訳が立ちません。

⑤<第3刷>では、「とうとう、十時の最後の鐘がまだ鳴り響いているうちににおいては、」という部分が付け加えられました。やれやれ一安心。

English self Taughtのホームページもごらんください! http://www.englishselftaught.com/

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