2008年2月15日 (金)

「日本人の行動文法」

経済学者の竹内靖雄氏が書かれた傑作です。日本人の行動原理を、文法書の形式でわかりやすくまとめてあります。日本人の行動について外国人から質問された人は、この本で学んだことを説明してあげれば、すぐにわかってもらえるでしょうし、日本人から見ても変と思われるような日本人の行動にもそれなりの理由があることがわかります。

私が読みながら、興奮気味に下線を引いた箇所がたくさんあるのですが、ここでは1箇所紹介しておきます。若者のボランティアに関して、筆者は次のように述べています。

(引用開始)
「新人類」世代は、親子、夫婦などの抜き差しならない関係を維持することには苦痛を感じる反面、自分が「無限責任」をもたなくてもよい不特定多数の他人を相手に奉仕活動をすることは苦にしない。病気の老親の面倒を見ることよりも、遠いアフリカの難民を救済するために働くことを有意義だと考えるのである。
(引用終わり)

以前、福岡でユニバーシアード大会が行われたときに、私は語学ボランティアをしましたが、そのとき、各地でイベントがあるたびにボランティアとして参加する「ボランティアおたく」がいることを知りました。彼らは、定職について所得税を納めることよりも、そのとき、そのときで、「ああ、オレはいいことをしてる~」という感情にひたりたかったのでしょうね。

本書は、日本人の行動原理についての教科書であり、読者諸氏が自分の経験や観察をこの本と照らし合わせることによってますます日本人に対する理解が深まることでしょう。ただ、残念なことに、単行本(東洋経済新報社1995)は絶版であり、その後出た文庫本(PHP文庫2000)も増刷されていないようです。これほどの名著が、なんとももったいないことです。この本を読んだ日本人の中には、あからさまに正体をばらされたようで嫌な気分になった人がいたのでしょうね。

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2008年2月 3日 (日)

米原万里の「愛の法則」

 

 著名なロシア語通訳で、一昨年亡くなられた米原万里さんの本です。書店の新書コーナーで、偶然目にとまって買いました。高校などでの公演をもとにした本ですのでたいへん読みやすいです。書名は「愛の法則」ですが、内容の大半は、国際化、通訳、翻訳にまつわる話です。
 筆者は、フランス語、イタリア語、ドイツ語、中国語、韓国語など、いろいろな言語の同時通訳者には面白い人が多いのに、英語の同時通訳者は批判精神と複眼思考が弱くてつまらない、そして、その大きな理由として、英語しか学ばない人は、英語を絶対視してしまうからだと述べています。
 英語を学んでいる人の中に、英語かぶれといいましょうか、英語は論理的な言語だから、日本語より英語を使ったほうがいいとか、英語は文法が非常に簡単だから、世界に広まったのだ...などと、やたら英語を贔屓する人がおります。しかし、フランス語を少しでも勉強すればわかることですが、英語は、無意味と思えるほど複雑怪奇な部分を多く持っています。いわゆる時制が非常にめんどうです。フランス語には進行形がありません。進行形なんてなくても何の問題もないのです。また、英語はやたらと語彙数が多いため、英文を書くときには類義語を使って書き換えなければなりません。これははっきり言って無駄です。フランス語は英語より語彙数が少ないため、そんな無駄なことに頭を使う必要がありません。また、冠詞については、フランス語のシステムのほうが包括的で優れています。かつて、シラク大統領が、EUの会議でフランス代表が英語で演説したところ、なぜフランス語を使わないのかと言ったことがありましたが、「あんな穴だらけの冠詞システムを採用している英語なんか、話す気にもなれん」と思ったフランス人がいてもおかしくありません。
 英語の特徴は、他のヨーロッパの言語を学ぶことによって、初めて明らかになります。日本語と英語をいくら比べてみても、両者はあまりに違いすぎるので、英語の特徴がわからないのです。英語学習で壁にぶつかった人は、フランス語でもドイツ語でもスペイン語でもいいですから、何か勉強してみてはいかがでしょうか?
   

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2007年12月 6日 (木)

これから英書を読んでみようという方に

  Tuesdays with Morrie [Mitch Albom] レベル:英検2級~準1級
おすすめ度:★★★★
 
 

 アメリカのベストセラー作家、Mitch Albom氏の心温まる小説。若い人は、人生の指南本として読むのもいいし、中年以降の方は、この本を読んで過ぎ去りし学生時代をなつかしむのもよいでしょう。英語は読みやすく難しい語も使われていないので、高3で英語が得意な人ならすぐに読めるでしょう。洋書の入門書としておすすめします。

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2006年1月16日 (月)

モーム先生を読む(1)

 このホームページの「雑談」にも書きましたが、かつての私は日本語でも英
語でも小説を読まない人間でした。そんな私に小説の面白さを教えてくれたの
が、イギリスの劇作家・小説家のサマセット・モーム(W. Somerset Maugham)
です。

 一昨年(2004年)の夏、書店でペーパーバックの棚を見ていたところ、ふと
1冊の本が目に入りました。Maughamの The Summing Up という本です。私は
モームの名を知っているくらいで、彼の本を読んだことはもちろんなく、今
思い出しても、どうしてその時、この本を手に取ったのかわからないのですが、
とにかく手にとって、パラっとページをめくったところ、7ページに、次の英
文を見つけたのです。

 I have always wondered at the passion many people have to meet the
celebrated.

 この英文は、受験用参考書に時々載っている文で、見覚えがありました。そ
して、「へえー、この英文は、モームの書いた文だったのか。では、買ってみ
よう」と思い、買って読んだところ、すぐにモーム先生にハマってしまったわ
けです。そして、モーム先生は、どことなく似ているなと感じるようになりま
した。それは、冷徹に人を観察するのが好きだという点です。また、モーム先
生が亡くなった年に私が生まれているのも何かの奇縁だと思いました。それは
さておき、 ここで、先の英文が載っていたパラグラフを引用してみます。

 I have always wondered at the passion many people have to

meet the celebrated. The prestige you acquire by being able

to tell your friends that you know famous men proves only that

you are yourself of small account. The celebrated develop

a technique to deal with the persons they come across.

They show the world a mask, often an impressive one, but

take care to conceal their real selves. They play the part

that is expected from them, and with practice learn to play

it very well, but you are stupid if you think that this public

performance of theirs corresponds with the man within.

<訳>
多くの人は著名人に会いたいという情熱を持っているが、私はこれを常々信じ
られない思いで見てきた。著名人と面識があるのだと友人に自慢でき、すごい
と言われたところで、それは、自分自身が取るに足りない人間であることを証
明するに過ぎない。著名人は、会う人、会う人を扱う技術に長けている。彼ら
は、世間には仮面を、それも多くの場合、感銘を与えるような仮面を見せてお
いて、本当の自分は用心深く隠しているのだ。彼らは自分に期待される役割を
演じ、修練によって、その役割を見事に演じられるようになるのだが、こうし
た公の場での演技を、その人の内面と同一視するのは愚かである。

 政治家や芸能人の正体をわかりやすく述べていますね。かつて小泉首相の遊
説先で「じゅんちゃーん!」と黄色い声をあげていたオバサマ方に読ませたい
一節であります。(笑)

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